高機能広汎性発達障害とは、広汎性発達障害のうちで、
知的に遅れが無いものを言います。

 

高機能広汎性発達障害の場合には、知能指数が平均か、
それ以上だったりします。


 

そうしたことがあり、勉強だけなら、普通学級で適応できてしまうので、
ちょっと変わった子、というだけで見過ごされる事があります。


スポンサードリンク




特に私は昭和の古い時代に子供時代を送ってきたので、
見過ごされてしまい、今現在、みじめな現実があります。

 

私は平均よりも学問ができたために、大学まで進みました。

どう考えてもアスペルガー症候群が有ると思える私の母は、
ただただ大学へ行ければ、勉強ができるのだから、
社会適応もできる、と思っていたようです。


 

全く意味の通らない事なのですが、私自身が観察していて
アスペルガー症候群と思える私の母は、そうした意味不明の
事を本気で思ったりするような傾向があります。


 

結果として、私自身はIQが高くても、社会で必要とされる
人間関係を築く、ということのスキルが全くダメだったので、
大学生の頃から、アルバイトさえできず、就職することもできませんでした。



 

今では、もう少し検診等が進んでおり、高機能広汎性発達障害の
子供がきちんと診断を受ける事ができる機会が多いみたいですが、
私が生きていた昭和の時代には、そうした概念自体が存在しませんでした。

 

私は保育園、幼稚園、小学校、中学校と状態がおかしかったので、
母親が何度か児童相談所のような所に相談に行ったのですが、
そのたびに「大人になれば治ります」と、そう言われてしまうだけでした。

 

そして、今現在私は40歳になりますが、高機能広汎性発達障害と
思しき症状のために、会社等で人間関係を普通にできない、
というような障害があり、現在田舎で職に就けなく
、一人取り残されているのが現状です。


 

時々、もう少し遅く生まれていれば、もしかしたら支援を受けられて、
こんな酷い状態になっていないのに、と感じてしまいます。



スポンサードリンク




こうした、障害が発見されなかった時代の昭和を生きた大人にも
援助が必要だと私は痛感しております。


 

医療機関で高機能広汎性発達障害や、広汎性発達障害の診断を
する場合は、本人や保護者の話を聞く事に加えて、医師が当事者を観察し、
家族からの情報提供も踏まえて判断する、といった方法があります。


 

そのため、私が以前医療機関で一度だけ発達障害の診断を
受けたのですが、一度では分からない、というのは、
医師が当事者を観察するのが必要なためだと思えます。

 

それから、特に発達障害を専門とする医療機関では、
発達検査や性格検査等が行われる事もあります。

高機能広汎性発達障害は、知的な遅れが無いのですが、
広汎性発達障害と同じ、3つの特徴があります。

 

まず最初は、強いこだわりがある、というものです。


 

私の例でいきますと、強いこだわりというものは、子供の小さな頃の
ことはよくは覚えておりませんが、今の私も強いこだわりがあります。

 

よく家族から「頑固だね」と言われますので、私自身、
こだわりが強く、自分の主張を押し通すところがあります。


2番目には、会話が一方的だったり、自分が興味のある話しかしなかったりします。


 

私の場合もそうで、自分が興味の無いものについては、
全く話ができず、よく人と2人でいると、お互いに黙り込んでしまい、
会話が成立しないのですが、同じ趣味の人といると楽しめる、
といったことがあります。

 

第3番目は、集団に溶け込めず、コミュニケーションがとても下手というものがあります。


 

この性質は、私が保育園の時からずっと悩んできたのですが、
昭和の古き時代では、広汎性発達障害等とは認められず、
ただただちょっと変わった子、
というような感じでしかとらえてもらえませんでした。

 

今現在は、昔とは違い、私の周囲でも
「子供が発達障害で、特別な機関に通っている」という話を聞いたりします。

ですので、今は、見過ごされてきた発達障害も発見され、
きちんと療育がされてきているのかなと感じます。

 

そうした話を聞くたびに、私ももっと遅くにこの日本に生まれていれば、
もっと良い人生を歩めたのかもしれないと感じてしまう事が多くあります。

今現在は、発達障害が、昭和の時代に比べ、テストで分かったりするように
なっているので、昔の子供よりは、良いのかもしれません。